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Works-M Vol.9 「未だ来ぬ時へと過ぎ去るからだ」

​三浦宏之インタビュー

3月31日(土)、4月1日(日)上演、Works-M Vol.9「未だ来ぬ時へと過ぎ去るからだ」。

上演を一週間後に控え、Works-M アートディレクターの三浦宏之に作品に関するインタビューを​行いました。2年ぶりの新作上演を前に語られた言葉。本ぺーじではその冒頭部分のみ掲載いたします。

【Works-M 2年ぶりの新作となるVol.9『未だ来ぬ時へと過ぎ去るからだ』今回の作品を作るに至った経緯をお聞かせいただけますか?】

 

 経緯ね。

 去年の夏ぐらいかな、いや、遡ると2012年に岡山で初演して、その後、福岡と東京で上演したWorks-M Vol.4『とある場所とあるからだ』という作品になるのかな。その時に岡山に来て始めて取り組んだことがあるんです。それは、複数都市に在住するダンサーの共演。

 『とある場所とあるからだ』の時は岡山県外からのダンサーとして、東京から小暮香帆さんと山口からイフクキョウコさんに出演してもらったんです。岡山県のダンサー2名と県外のダンサー2名の計4名でこの作品を作ったんですけど、『とある場所とあるからだ』というタイトルからも察するように、「場所とからだ」についての関係性みたいなことを作品にした訳なんですね。「場所とからだ」っていうテーマに至るまでに、東日本大震災とか、それ以前からの様々な世界情勢とか、この世界で起きている事柄なんかを色々体験したり、情報で見聞きしたりしてきて。それが「人のからだと場所の関係性っていうのはなんなんだろうな」っていうことに至って『とある場所とあるからだ』っていう作品に結実したんです。

 それから約5年経って、ふと去年の夏、2017年の夏に、「時間とからだっていうものはなんなんだろう」っていうものがね、天から降りてきた訳なんですよ。そうなった時に、すぐ5年前の『とある場所とあるからだ』っていうのを思い出して。なんか繋がっているなという感じがありました。これはもう、近いうちすぐにでも作品化したほうがいいなっていう直感みたいなものがあって。色々タイミングは探ってたんですけど、今回のM・L・I(M-Lab Institute)の修了公演に合わせてWorks-MのVol.9として作品化してみようという感じになったのかな。

Works-M Vol.4「とある場所とあるからだ」@すろおが463(岡山) 写真:Akiko​ Matsunaga

 去年の夏に何か「時間とからだ」っていうものがふっと自分のからだに降りてきたみたいなところがあって、それがきっかけになるんだけど。経緯っていうのは多分もう2010年ぐらいからずっと繋がっていることになるのかなと思いますね。Works-MでやっているVol.4『とある場所とあるからだ』、Vol.5『在 / 不在』っていうのは、意外に僕の中では繋がっていて。その後のVol.6、Vol.7はちょっと違うんですけどね。何か5年前ぐらいのことに今戻っているというか。

 あと2009年に東京から岡山に来て、今年で9年になって、ぼちぼち10年目を迎える。何か、一回りするっていう感じがあって。岡山で過ごしたこの10年っていうのは何だったのかっていう。時間っていうものは何なんだろう、時間に対してのからだのあり方っていうものは何なんだろうっていう思いがあります。その10年のうちに、例えば60歳だった人は70歳になるわけですよね。60歳から70歳って相当身体的には変化を伴うだろうし、ましてや0歳から10歳になるっていうのは身体的変化に加えて環境の変化、ものの考え方も相当変わる。そこで、一人の人間が10年という月日を過ごすことで、その人がどれだけ変化するのか、さらに10年かけて変化する一人の人が例えば10人いたらどういうことになるのかっていうこと。時間がもたらす個人の変化、身体の変化から、社会の変化みたいなものを作品として取り出してみようかな、抽出してみようかなと思ったんですね。それが去年の夏。もう半年ぐらい前になるか。

 経緯ときっかけとしてはそんな感じですね。まあ、経緯っていうのはさっきも言ったように、ここ10年ぐらいずっと自分の中に何か創作の種みたいなものがあるんだなっていう感じなんです。きっかけは、まあ「ふとしたきっかけ」ですね。

以降、インタビューは、書籍「こぼれおちるからだたち」に収録されています。

書籍の詳細は特設ページをご覧ください。

「こぼれおちるからだたち」特設ページ

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